天才棋士・村山聖

むらやま・さとし (1969-1998)

棋士。広島県安芸郡府中町生まれ。5歳の時ネフローゼの告知を受ける。病床の中、父の勧めにより将棋と出会う。以後、絶え間ない高熱や激痛と闘いながらも将棋界の最高峰『名人』を目指す。
昭和58年、奨励会入会。以後、脅威のスピードで昇格をはたす。昭和60年、初段昇段。大阪へ。昭和61年四段昇段。プロ棋士としてデビュー。依然体調は悪い中、破竹の勢いで勝利し続け、平成7年A級八段昇格。東京へ。
平成9年、体調が悪化し、広島へ帰郷を決意。
平成10年8月8日、進行性膀胱癌により永眠。享年29歳。

 

幼年時代(昭和44年6月〜昭和55年頃)

昭和45年(1歳)入川橋近辺にて撮影されたもの。姉、緑(写真左)と。

府中ひかり保育園、5歳の時のお誕生カード。
昭和56年秋(12歳)広島そごうにて将棋のイベントで初めてプロ棋士と対局。飛車落ちのみで対局相手の森安秀光九段を制す。

奨励会時代(昭和58年11月〜昭和61年10月)

昭和60年5月(15歳)大阪の詰め将棋作家宅にて師匠・森信雄六段(写真中央)、浦野六段(写真右から2番目)と。

昭和60年12月(16歳)広島将棋センターにて。

四段昇段〜プロ棋士として(昭和61年11月〜平成10年8月)

平成7年(26歳)頃の写真。このドレスシャツがとても気に入っていて、よく着ていたという。 平成10年2月(28歳)NHK杯決勝・対羽生戦にて。これが羽生氏との最後の対局となる。
平成10年4月(28歳)村山聖八段A級復帰・山崎隆之新四段祝賀会にて。立ち上がるのも困難な状態の中、壇上に上がった時だけは、全くそんな気配すらみせずに大盤解説にあたったという。

Never Ending Story

広島県安芸郡府中町みくまり墓苑にある聖の墓。

将棋の駒の石碑には座右の銘が刻まれている。

村山聖関連図書一覧

  • 『聖の青春』 大崎善生/著 (講談社)
  • 『村山聖名局譜』 羽生善治・先崎学/著 (日本将棋連盟)
  • 『実戦の振り飛車破り』 郷田真隆/著 (日本将棋連盟)
  • 『あっと驚く三手詰』 森信雄/著 (講談社)
  • 『百人の棋士、この一手』 田中寅彦/著 (東京書籍)
  • 『一閃!森流ヒネリ飛車』 森鶏二/著 (日本将棋連盟)
  • 『谷川浩司全集 平成4年度版』 谷川浩司/著 (毎日コミュニケーションズ)
聖の青春南公民館でも貸し出し中!

Special thanks!

村山聖さんの実家にて。父・伸一さんと母・トミコさん。

村山 聖さんの実家は、府中町桜ヶ丘にあります。

取材の為訪れた私達を驚かせたのは、御両親の手になる膨大な資料でした。彼の生きてきた全てを写し取ろうとするかのような綿密な年表(パソコン書類で80 頁弱もありました)、二千冊以上にもおよぶ蔵書リスト、写真類など、現在もなお正確さを求めて手を入れていらっしゃる様子は、まさに村山九段の集中力、情報収集力などち密で完璧を目指す棋風を彷佛とさせるものでした。
村山九段の肉体は既に亡く なってはいますが、それ以外の何かがここには未だ生き続けている、そう感じました。

『風のように走 リ去って行った息子を、追い掛けている』といわれたお母様の言葉に,わが子として一人の天才と出会った喜びに溢れた人生を感じました。

 


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