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むらやま・さとし (1969-1998) 棋士。広島県安芸郡府中町生まれ。5歳の時ネフローゼの告知を受ける。病床の中、父の勧めにより将棋と出会う。以後、絶え間ない高熱や激痛と闘いながらも将棋界の最高峰『名人』を目指す。 |
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昭和45年(1歳)入川橋近辺にて撮影されたもの。姉、緑(写真左)と。 |
府中ひかり保育園、5歳の時のお誕生カード。
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| 昭和56年秋(12歳)広島そごうにて将棋のイベントで初めてプロ棋士と対局。飛車落ちのみで対局相手の森安秀光九段を制す。 | |
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昭和60年5月(15歳)大阪の詰め将棋作家宅にて師匠・森信雄六段(写真中央)、浦野六段(写真右から2番目)と。 |
昭和60年12月(16歳)広島将棋センターにて。 |
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| 平成7年(26歳)頃の写真。このドレスシャツがとても気に入っていて、よく着ていたという。 | 平成10年2月(28歳)NHK杯決勝・対羽生戦にて。これが羽生氏との最後の対局となる。 |
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| 平成10年4月(28歳)村山聖八段A級復帰・山崎隆之新四段祝賀会にて。立ち上がるのも困難な状態の中、壇上に上がった時だけは、全くそんな気配すらみせずに大盤解説にあたったという。 | |
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広島県安芸郡府中町みくまり墓苑にある聖の墓。 将棋の駒の石碑には座右の銘が刻まれている。 |
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村山聖関連図書一覧
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村山 聖さんの実家は、府中町桜ヶ丘にあります。 取材の為訪れた私達を驚かせたのは、御両親の手になる膨大な資料でした。彼の生きてきた全てを写し取ろうとするかのような綿密な年表(パソコン書類で80
頁弱もありました)、二千冊以上にもおよぶ蔵書リスト、写真類など、現在もなお正確さを求めて手を入れていらっしゃる様子は、まさに村山九段の集中力、情報収集力などち密で完璧を目指す棋風を彷佛とさせるものでした。 『風のように走 リ去って行った息子を、追い掛けている』といわれたお母様の言葉に,わが子として一人の天才と出会った喜びに溢れた人生を感じました。
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